「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

「人身売買」大国ニッポン 〜 外国人技能実習制度の現実<前篇>

「殺人」、懲役17年

 6月7日、久しぶりに府中刑務所(東京都府中市)を訪ねた。

 服役中の崔紅義(34歳)の両親と弟が日本に来ているのだ。家族が来日すると、私は一家を率いて刑務所まで案内する。

 電車とバスを乗り継ぎ、刑務所にたどり着くと、崔の家族はとたんに無口になった。緊張した表情を浮かべたまま、受付の刑務官に深々と頭を下げる。

 最近は刑務所の職員も少しは愛想がよくなった。以前はアゴで指示する横柄な職員も少なくなかったが、いまでは「ごくろうさま」の一言を忘れない。

 崔の弟は大きなカバンを大事そうに抱えていた。中には差し入れのために用意した中国語の書籍が詰め込まれている。その多くは、崔が好きだったという武侠小説だ。

「読めるかな。中国語、覚えているかな」

 カタコトの日本語で弟が独り言のようにつぶやいた。彼はいま、独学で日本語を学んでいる。私の案内がなくとも面会のために日本を訪ねることができるよう、中国にいるときも電子辞書を離さない。

 手続きを終え、携帯電話をロッカーに預け、面会待合室の長椅子に、私たちは並んで座った。

 互いに口を開くこともなく、受付番号がアナウンスされるのをじっと待つ。

 無事に面会ができますように。私は祈るような気持ちでいた。

 これまで、期待が裏切られたことは何度もある。精神状態が不安定な崔は、ときに家族の面会であっても、それを拒んだことがあった。

「誰にも迷惑をかけたくない。犯罪者の姿を、家族であっても見られたくない」

 そんな内容の手紙を私は受け取ったこともある。

 経済的に裕福とはいえない崔の家族にとって、日本は気軽に訪ねることのできる場所ではない。無駄足とならないことを、私はただひたすら念じ続けた。

 崔が「殺人」で逮捕されたのは2006年の夏である。ナイフで人を刺した。犯行直後に農薬を一気飲みして自殺を図ったが、搬送先の病院で胃洗浄を受けて意識を取り戻した。彼は病室で逮捕され、その後、懲役17年の判決を受ける。

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